「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」
「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」
昔なぁ、四阿山の麓で村の衆が木を伐ったり、炭焼いたりして暮らしていたんだと。
炭焼きの家に一人悪たれ小僧がいたんだと。悪さをしょっちゅうするもんで、怒った炭焼きがこらしめるべえと山へ連れていってなぁ、炭を焼いているそばの木に縛り付けて置いたんだと。
悪たれ小僧は、縛られた縄なんざぁ筒単に切って、いい事幸いに山奥へ遊びに行ったんだと。坂を上ってしばらく行くと、でっけえ岩の所へでたんだと。「ほぅ、こりゃぁでっけえ岩だなあ。」と見とれていると、突然岩の上から「小僧、なにしてるだぁ。」と雷のような声がしたんだと。見上げると岩の一番高い所に天狗が腰掛けていたんだと。
天狗の顔はまっかっかで鼻は高く、口は耳まで裂けて、目はぎょろぎょろでっかく、こっちを見ていたんだと。
はあ、小僧が驚いてきもをつぶしてしまったんだと。
天狗はあんまり小僧がびっくりしたんで「こりゃあ悪かった。」とあやまったんだと。
天狗がしんせつなんで、やっと小僧がいつもの悪たれに戻って、天狗に聞いたんだと「天狗さん天狗さんどうしてそんなに鼻が高いんだあ。」すると天狗が笑いながら「それはなぁ、この天狗のうちわのおかげさ、このうちわであおぐと高くも低くもなる簡単なものだ。」といったんだと。
それから「小僧の鼻高くなれ」と言ってあおぐと本当に小僧の鼻が、どんどんどんどん高くなっていったんだと。小僧が困って泣きそうになったので、こんだあ「小僧の鼻低くなれ」と言ってあおぐと、どんどんどんどん低くなって元に戻ったんだと。
「おもしれえだろう。」と言って天狗は自慢げにそのうちわを貸してくれたんだと。
小僧は珍しくていびっていたら、天狗はあくびをして昼寝を始めたんだと。
悪たれ小僧は、しめしめと天狗のうちわを盗んで炭焼き小屋に帰ったんだと。
炭焼きに「どこへ行っていたんだ。」と怒られながら家に帰ったんだと。
家へ帰ると、はぁ、悪さをしたくてなんねえもんで、誰かいねえかと外を見ていたら、おうかんを杖を付いた婆さんが通ったんだと。
小僧はさっそく「婆さんの鼻高くなれ。」と言ってうちわであおいだんだと。
そうしたら、たちまち婆さんの鼻が伸びて道につっかえて歩けなくなり「助けてくれ。」と婆さんは泣きだしたんだと。それでこんどは「婆さんの鼻低くなれ。」と言ってあおぐとたちまち元に戻ったんだと。
「こりゃぁおもしれえ。」と何人もの村の衆に悪さをしたんだと。
そうして誰にも話さねえで隠しておいたんだと。
天狗は昼寝からさめて、うちわが無くなっているので、さあ、怒ったり困ったりしたんだと。それで四阿山をかけ下り人目にみつからねえように夜になるのをまっちやあ、村の子供のいる家を一軒一軒回って障子の穴から「だあそうか、だあそうか。」と言ってさがしまわったんだと。
悪たれ小僧は隠して絶対天狗に返さなかったんだと。
幾日か経って、こんだあ自分で縁さに寝転んで「鼻高くなれ、鼻高くなれ。」と言ってうちわで自分の鼻をあおいだんだと。そうしたら、どんどんどんどん伸びていったんだと。
おもしれえもんで、どんどんどんどんあおいだんだと、鼻はどんどんどんどん伸びていって雲を突き抜けて行ったんだと。
雲の上で雷さんがいろりであたっていたんだと。そこへ鼻がにょきにょき出てきたんで「こりゃ珍しいきのこが生えてきた。」と、取ろうとしたんだと。そしたらまたどんどん伸びて行くんで、いろりの火箸でその鼻をつっ通したんだと。
火箸でつっ通されて小僧は「痛い、痛い。」と大あわてで「鼻低くなれ、鼻低くなれ。」とうちわをあおいだんだと。
さあ、雲の上の鼻は、火箸で雲の上に突かかっているから大変だ。小僧があおげばあおぐほど体が浮いて空へ空へと登って行ってしまって、二度と家には帰れなくなっちまったんだと。
「なぁ、鼻高くしてると、ろくな事はねえべえ。おんじいとおんばぁぐれえがちょうどええんだよ。」