愛郷---上信高原民話集(六)

カッパのくれた千金丹


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔はなぁ、重い病気になると、籠に乗せて鳥居峠を越えて上田の医者まで十里も十二里も村の衆がかわりばんこで担いで行ったんだと。赤ん坊とか大怪我の者は、たいげえ峠を下りないうちに死んじまったそうだ。

 大笹村にもえらいお医者様がいて、近郷近在から病気の者がかかりに来たんだが、あんまり良くは治せなかっただと。早えい話がやぶだが肝っ玉のでっけいのと愛想の良さで評判があったんだと。

 ある時、干俣村に急病人がでて往診に行く事になり、お医者様は馬で出掛けたんだと。大笹の裏町から烏兎の沢を下りて鳥居川の橋を越え砂井に出て干俣村へ行き、往診を終えて帰る時は、すっかり夜中になっていたんだと。肝っ玉のでっけいお医者様は心配ねぇ心配ねぇと一人で馬に乗って帰ったんだと。鳥居川の橋を渡ろうとして中程を行くと急に馬が立ち止まりしりっぺた叩いてもフゥフゥ言って動かなくなってしまったんだと。おかしいいなあと思って馬の足の方をのぞくと、なんかに足が引っかかっているんだと。こんなもんとお医者様は腰の刀でチョン切ったんだと、そのまま何も無く家に帰って馬の足元を見ると、何とへんてこな手のような物がくっついていたんだと。お医者様はそれを家の中へ持ち帰り床の間に置いて寝たんだと。

 とっぷり夜中になった頃、トントン、トントンと戸を叩く音にお医者様が目をさますと、トントン、「こんばんわ」トントン「こんばんわ」と誰かの呼ぶ声がするんだと。誰だろうこんな夜更けにと思ったが、「どうしただ」と、戸を開けたんだと、そうしたら庭にくれいかたまりのような物がこっちを向いてペコペコ頭を下げているんだと。よく見ると頭に皿があったんで、「おめいはカッパか」とお医者様が言うと、「あぁ、おらぁ鳥居川のカッパだ。もう悪さをしねいからおらの手を返してくれ。お願えだ。」と片手付いておつくべをして何度も何度も頭を下げるんだと。

 お医者様は可哀相になって、カッパの手を手術して縫いつけてくれたんだと。「もういたずらはしねぇだ。ありがとう、ありがとう。」と言って帰っていったんだと。

 それから幾日かたった晩にまたトントン、トントンと、戸を叩く音がしたんで、お医者様が戸を開けて見ると、カッパが立っていて、「こないだのお礼にどんな病気にも効くカッパの薬の作り方を教えるだぁ」と、お医者様にカッパの薬を教えたんだと。

 半信半疑で、お医者様が薬を作って病人にやったと所、今まで治らなかった病気がたちまち治ってしまっただと。驚き喜んだお医者様は、このカッパの薬は千金に値するすばらしい薬だ。カッパの千金丹だと、どんどん作り多くの人を治し、代々繁盛したんだと。

 「さぁ、千金丹を飲ますから明日までに熱がさがるぞ。」


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