愛郷---上信高原民話集(三十二)

白い鹿と白い蛇


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔、昔、千年ももっと昔になぁ、湯ノ丸山の麓へ、村のおんじいがうどや、わらびの山菜を採りにへえって行ったんだと。

 いつもと違う沢の方へ行くと、わらびがあるともあるともいっぺえあったんで、夢中で採っていたら、いつの間にかえれえ山奥にへえっちまったんだと。

 そのうち空が曇って来て霧がかかりポツポツ雨が降ってきたんだと。

 おんじいはけえり道が分からなくなって「はぁ、こまったこまった。」とめためた歩いていたんだと。

 笹やぶを抜けると何か白い物が見えたんだと。

 「何だんべえ。」と良く見ると、何とそれは一匹の白い鹿だったんだと。

 おんじいは白い鹿なんて生まれて始めて見たもんだからえれえびっくりして、腰抜かしてしまったんだと。

 白い鹿はおんじいを見ても全然逃げねえで、こっちへ来い、こっちへ来いというように頭を振って歩き出したんだと。

 おんじいは恐る恐る鹿の後を付いて行ったんだと。

 しばらく歩いて行くと森の中で白い煙が上がっている所へ出たんだと。

 「何だんべえ」と煙の方へ行くと、鹿がぱっと消えていなくなったんだと。

 おんじいは変な気持ちになったんだが、煙の所へ行ってみると、何と温泉が湧いていたんだと。

 おんじいは、はぁ暗くなったんでそこで一夜を明かして次の日、こんどは迷わねえで村にけえったんだと。

 村の衆にその話をして「そりやあ行ってみるべぇ。」と村中で湯の丸山の奥へ行ったんだと。

 そうしたらモクモクと白い湯煙を立てて温泉が湧いていたんだと。

 さっそく湯小屋を建てて村の衆は温泉にへえったんだと。

 村の衆は「白い鹿はきっと温泉の神様の薬師様だんべえ。」「それにちげえねえ。」「きっとそうだ。」と相談ぶって、湯小屋の横に小さい小屋を作って湯元の石をひとつ置いて「お薬師様」として祀ったんだと。

 これが鹿の湯の始まりなんだと。

 それからはなぁ、近郷近在からいっぺえ人が入湯に来たんだと。

 この温泉は病気の人には良く効いてなぁ、特に目の悪い人には良く効いたんだと。

 ある日、都の白鳥皇子ちゅうえれえ人の所へも、その話が聞こえて来たんだと。

 白鳥皇子はちいせえ頃から目の病でこまっていたんだと。

 それではるばる家来を連れて入湯に来たんだと。

 不思議な事に白鳥皇子が入湯すると「お薬師様」の石の上に白い蛇が現われて、ほったての小屋が金色に光ったんだと。

 「これはきっと、お薬師様がこんだぁ蛇に姿を変えて皇子を守りに来たんだ。」と村の衆は言ったんだと。

 お薬師様の力か温泉の効果かひと月ぐれえすると、今まで見えなかった白鳥皇子の目がだんだん見えるようになって来たんだと。

 もうひと月すると本当に治って、家来も村の衆もみんな大喜びしたんだと。

 白鳥皇子は目か良くなると、ずうっと世話をしてくれた村の娘とたちまち恋中になり結婚して娘の村に住み着いたんだと。

 後に村の衆は家のあった所に「白鳥神社」ちゅう社を作り祀ったんだと。

 そしてなぁ、その本尊様はお薬師様が化けたちゅう白い蛇なんだと。

 「おめえの好き々物は白い雪だんべぇ、積もったらスキーでもしに行くべえか。暖ったかくして早くねろうやぁ。」


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