「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」
「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」
昔なぁ、門貝村の山奥にうんと欲のふけえ男が住んでいたんだと。
四十過ぎても嫁が無かったんだと。
なんで嫁が無えかちゅうと、嫁に飯を食われるのがやでもらわなかったんだと。
村の衆はあきれてだれも嫁さんの世話をしなかったんだと。
ある日米無山の鬼女がこの話を聞いて、男の所へやってきて、「おらは飯を食わねえで働くから嫁にしてくれ。」と言ったんだと。
欲の深え男は「本当に飯を食わねぇで働けたら嫁にするべえ。」と言ったんだと。
鬼女は本当に幾日も飯も食わずによく働いたんだと。
欲の深え男は喜んだけれども、どうも不思議でならなかったんだと。
鬼女は一月ぐれぇ働いた後で「そろそろ嫁にしてくんねぇだか」と言ったんだと。
男は「明日赤羽村まで用事で出掛けて泊まって来るからその後で考えらぁ。」とうそをついて、次の日出掛けたふりをして二階に隠れて鬼女を見張ったんだと。
鬼女は誰も居ねえのを見届けてから倉に行き、楽々と米一俵をぶるさげて来て、桶でごしごしといでから、馬に煮てくれる大釜で米をぐつぐつ煮て、幾つも幾つもむすびを作ったんだと。それから髪の毛の縛ってある紐をほどいて、毛をみんな前に持って来たら、なんと鬼女の頭にでっけぇ口がついていたんだと。
鬼女はその口へさっきのむすびをどんどん放り込み全部食べてしまったんだと。
二階で見ていた男は、びっくりして梯子から転がり落ちてしまったんだと。
鬼女は「見たな。」と本性をあらわして、おっかながってびくついている男に「しばらく遊んでから食うつもりだったが、しようがねえ。」と言って、さっき米をといだ桶に男を入れて「えっさ、ほいさ。」と万座川の奥の岩穴に男をかついで行ったんだと。
岩穴に着くと「おぉい、人間の生きた奴を連れて来たぞ。」とどなったんだと。
そしたら中から「久し振りの人間かぁ。」と赤鬼青鬼たちがぞろぞろと出て来たんだと。
鬼女が「よいしょ。」と桶を地面におろして仲間の所へいったすきに男は桶から飛び出して逃げ出したんだと。
走って走って力の限り走ってしょうぶとよもぎの原に隠れたんだと。
鬼たちは「待て、待て。」と男の逃げた後を追って、しょうぶとよもぎの原に入ったんだが、しょうぶの葉でさんざ傷つくり、よもぎの臭いにむせかえって、しかたなくさがすのをあきらめて岩穴へ帰っていったんだと。
男はやっとのことで家に逃げ帰り、鬼が来ねえように家の軒にしょうぶとよもぎを飾り、もう二度と欲の深え事は言わずにせっせと働くようになったんだと。
しょうぶとよもぎは魔よけのおまじないとして、今も五月の節句になると各家々の軒に飾られるようになったんだと。
「よもぎ摘んできてよもぎだんごでも、明日作ってやるべえかな。ゆっくり寝ろやぁ。」