愛郷---上信高原民話集(十六)

化け猫の恩返し


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔なぁ、延命寺ちゅうぼろ寺があってなぁ、貧乏和尚とトラちゅう名の寅猫が住んでいたんだと。和尚さんはこのトラをたいそう可愛がっていたんだと。

 猫や、弧や、狸なんかは、年取るとよく神通力が出来て化けられるようになるちゅうけど本当で、トラも誰も知らねえくれえ長生きで神通力を持っていたんだと。

 トラは、和尚さんが留守の時なんか、村の衆を集めて、和尚さんに化けたり、女の人に化けたりして踊って観せるんだと。村の衆もトラの神通力は知っていて、いつも楽しみにしているんだと。踊るとほうびにうめえ物をくれるんだと。

 村の衆の地芝居の興業も、村の役者よりトラの方か上手に踊って人気があるので、村の役者がやきもちを妬いて、和尚さんに「トラが化けて興業がめちやめちやにされたぞ。」と文句を言って来たんだと。       

 和尚さんはそんなことは事はねえと思ったが、しかたがねえからトラに「なぁ、トラよ。おめえは、はぁ化けるな! 化けるんなら寺に置いておけねぇ!」と言ったんだと。

 トラは、「和尚さんに迷惑をかけて申し訳ねえ。さんざ世話をしてもらったお礼に和尚さんに恩返しをして出ていかぁ。俺に鉄瓶の蓋をくんねえか。」と変な事を言うんだと。

 和尚さんは鉄瓶の蓋をトラにやったんだと。

 それから幾日か、トラはいなくなって、またひょっこり和尚さんの所へやって来たんだと。

 トラは和尚さんに言ったんだと。「和尚さん、隣村の大金持ちのばあさんかもうじき死ぬかんな、そうしたらでっけぇ葬式になってそこらじゅうの和尚が呼ばれるだんべえ。俺が棺桶からばあさんを隠すからなぁ、誰がなんちゅうても棺桶からばあさんか消えたぞ、といいはるんだぞ。それからなぁ・・・。」

 と、なんとかかんとか和尚さんとトラが打ち合わせしだんだと。

 それから二日も経たないうらに、本当に葬式の話が来たんだと。でっけえ葬式で、小宿の和尚、大笹村の和尚、長野原村の和尚、六合村の和尚、そして一番端っこに延命寺の和尚が呼ばれたんだと。

 頃合を見計らって、和尚さんが突然「棺桶の中のおばあさんはいねえ」と言ったんだと。

「この乞食坊主が、何ゆうだ。」と他の和尚さんも親戚もみんな怒って「出ていけ。」と蹴っとばされたんだと。それでも和尚さんは「じゃあ、棺桶を開けてみろ。」といいはったんだと。あんまり言うもんで「よし。」と金持ちの主人が棺を開けると、なんと中はからっぽだったんだと。

 それからさあ大変だぁ。何処行った、何処行ったと大変な騒ぎになったんだと。

 他の和尚たちは何もできすにただうろうろするだけなんだと。

 和尚さんは、蹴っとばされた泥を払ってさっさと帰ろうとしたんだと。

 門を出ようとすると、さっきとは打って変わって金持ちの主人が袈裟にしがみつき「お願いだ。頼むからばあさんを出してくれ。」と頭を地面にすりつけて頼むんだと。

 和尚さんは「わしは、居ないことは見抜いたが.出す事はできねえ。」と、また帰ろうとしたんだと。「そんな事を言わねえで頼みます。」と今度は、親戚もみんなでお願いしたんだと。「それじやあ、出来るかどうかやってみるべえ。」と部屋の戸を閉めさせ明かりを消して真っ暗闇にさせ棺桶を部屋の真ん中に置き、お経をあげたんだと。「なむからたんのんとらやあやあ。なむからたんのんとらやあやあ・・・・。」お経が終わって明かりをつけると摩訶不思議、棺桶の中にばあさんが入っていたんだと。

 さあ、たちまちこの事は評判になったんだと。金持ちの主人はえれえ和尚さんだと、有り難え和尚さんだと、お礼にでっかい寺を建ててくれたんだと。次々に評判を聞いて檀家も増えていつの間にか和尚さんは坊さんの高い位をもらったんだと。

 トラは、しばらくしてやって来て「和尚さん良かったなあ、幸せにくらせやぁ。」と言ってお寺を出て行ったんだと。和尚さんが最後にトラに聞いたんだと「おまえはあの時鉄瓶の蓋をくれって言ったけど、あれはどうしただ。」するとトラはニャァと笑って「おらあ化け描なんで何時鉄砲で打たれるかもしんねえから、その時の用心に打たれたらそれで玉をよけようと思ってただ。」と言ったんだと。

 「おんじいの神通力で消されねぇうちに、早く寝ろやぁ。」


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