愛郷---上信高原民話集(十四)

正作おんじいと神主


 「なぁ、おんじい、なぁ、おんばあ、そんつぎの話はどうしただぁ。」

 「あぁ、そんじゃぁつぎの話をしてやんべぇ。」

 昔なぁ、四阿山の里宮として今宮にりっぱな神社があったんだと。

 神社には、神主と正作という年寄りのおんじいが住んでいたんだと。

 正作おんじいは、貧乏で神主に雇われる前までは、あっちの家こっちの家と働かせてもらっては暮らしていたんだと。ちょつと抜けていたんで一生懸命仕事をしても普通の者の半分くれいしか金をもらえなかったんだと。

 それでも文句一ついわねえで重宝がられていたんだと。

 ある日、村に新しい神主がやって来たんだと。この神主は来た時から、えれえ欲ばりで金の事しか考えねぇような者だったんだと。それだから今まで神社に勤めていた者はみんな辞めていったんだと。

 困った神主は正作おんじいに目をつけ、うまく雇ってこき使っていたんだと。

 村の衆は、えれえ欲張り神主が来たもんで困っちまったが、神主がいなくちゃぁ祭も出せねえし、祈祷もしてもらえねえもんだからしょうかねえとあきらめていたんだと。ある時、村のお大臣のせがれが病気で寝込んだからみて欲しいと、村の衆から報せを受けた神主は、これは金もうけが出来ると。悪知恵を働かせて、さっそく正作おんじいを呼び付け「おまえはお大臣の家の墓を知ってるべぇ、夜中いって誰がいつ死んだか調べてこい。」といったんだと。正作おんじいは「おらあじがよめねえ。」というと「墓に紙を付けて墨でこすってこい。」と紙と墨を持たせたんだと。夜中の墓は、気持ち悪かったが、正作おんじいは言われた通りに墨をこすって紙を持ち帰ったんだと。

 神主は、しめしめとお大臣の家を尋ねて「おまえの家に崇りがある。今わしか拝んてやる。」といって祈祷をはじめたんだと。しばらくして「天保三年八月一日に女が死んでいるだろう、その女の霊が祟っているのだ。」と言ったんだと。お大臣は、当たってびっくりしてしまって、神主の思うつぼにはまり「ありがたや、ありがたや。」とお金をいっぺえ神主にやったんだと。運よく、お大臣のせがれの病気も治まると、たちまちこの話が広がり今まで欲張り神主と馬鹿にしていた村の衆はえれえ神主さまだと尊敬するようになったんだと。

 「おらもみてくれ、おらもみてくれ。」と急に祈祷の申込みが、いっぺえきたんだと。

 神主は、祈祷のたんびに正作おんじいを墓にやりこっそり調べさせたんだと。正作おんじいは真面目に夜な夜な墓を渡り歩き疲れはて寝込んでしったんだと。

 神主は仕方なく祈祷を休みにしたんだと。欲張りな神主は、もっと金になる方法は無いものかと考えたて、正作おんじいが治まると直ぐに、今度は正作おんじいに真っ白い着物を着せ頭にローソクを二本、角のように立てて麻の皮で白く長い髪の毛をつけて、ふらふら、ふらふらと金持ちの家あたりを歩かせたんだと、金持ちは「お化けが出た。」と驚き神主に祈祷を頼みにきたんだと。神主が拝むとたちまちお化けは出なくなったんだと。次の日はあっち次の日はこっちと正作おんじいはいかされてまた疲れて寝込んでしまったんだと。

 村の衆は集まって「近頃出るお化けはどうも怪しい、何か足があるみていだそうだ。足があるなら人間だんべぇ、いっちょうみんなで捕まえてやるべぇ。」と相談しあってその夜から五人づつ隠れるように夜警をして歩く事にしたんだと。

 そうとは知らねえ神主は、白い着物で頭にロ‐ソク二本立てて麻の皮を髪の毛にしておまけに口紅でおっかねえ口を書いて出掛けたんだと。金持ちの家のあたりに来たとき、村の衆とでっくわしたんだと。「わあぁ」と村の衆が飛び掛かりぽかぽか叩いたんだと。「いてぇ、勘弁、勘弁。」と声を聞いて髪の毛をはがして、明りのとこへ顔を突き出したら、しょぼくれた神主の顔が写ったんだと。

 村の衆に神主は追い出されたんだと、後に残った正作おんじいは、病気か重くなりその後死んだんだと。

 そして誰も居なくなった神社は、お参りする人も来なくなりだんだん荒れ果ててとうとう取り壊されてしまい、神社のあった事さえわすれられていったんだと。

 今は、屎尿処理場の所に淋しく鳥居の跡がのこっているそうだ。

 「暑いからって、腹だして寝ると風邪引くぞ、夜更かししねぇでねるべぇな。」


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